立ち上がる若者、居座る紳士。

For Your Consideration
For Your Consideration Photo by Timefortea3

最近、誰かのことを考えて行動したことがありますか?または自分や家族のことを考えてもらって行動してもらったことがありますか?

今日はある1件から感じたことを書いてみようと思います。

公共交通機関での話。

いつもと同じ通勤時間。同じ電車に乗り、同じ顔触れ、同じ込み具合。

ボクは電車を2回乗り換えての通勤。誰でも座れるくらいまではずっと立って電車に乗っています。

その途中、いつもと違う人を見かけて気になりました。

高齢のご夫婦。ご主人は杖をついて立っているのも大変そう。わざわざこの混んでいる通勤・通学の時間帯に出掛けるのにはきっと何か事情があるに違いない。

しかし、7人掛けのシートは当然埋まっている。そんなタイミングでそのご夫婦に出会いました。

目が合う。そして伏せる。

次の瞬間、そのご夫婦の奥様とシートに座っていた紳士との目が合ったのをボクは見逃しませんでした。

しかし、その紳士は自分は気がついてないと言いたげに視線を落としそのままシートに居座り続けました。

ご主人の様子を考えると早く座ったほうがいいのは誰もがわかることなんですが、ご夫婦も自分達から声を掛けて席を空けてもらおうとまではしませんでした。その時です。

後ろからの呼び掛け。

『そこ…。』

とぶっきらぼうにご夫婦へ声を掛けた若者。ぱっと見怖くて誰も近づかないような風貌の2人組がここへ座ってとご夫婦へ呼び掛けました。

ご夫婦はその若者2人の厚意に感謝して席に着き、若者2人は扉の近くで各々のスマートフォンに視線を落としていました。

思い遣る気持ち。

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その人の身になって考える。同情する。察して気遣う。『思い遣る』という言葉にはこういう意味が含まれています。

最近世間で話題になっているあの1件もお互いに思い遣りがあればこんなことにはなっていなかったでしょう。

相手が誰であろうが思い遣る気持ちは必要なんです。

何不自由ない人達が、高齢者や障害者は相手を思い遣る必要はないと決めつけるのは、彼が何もできないと考えて区別している結果であり傲慢でしかない。

反対に高齢者や障害者が自分達は思い遣ってもらって当然だと思い込むのも間違っている。高齢者や障害者だからって何もできない訳じゃない。自分のできることは最大限活かして生きていくのは当然のこと。もちろん、身体を動かすことは難しいかもしれませんが、何かを判断することはできるでしょう。

自分ができることは何か。そして相手を思い遣った上でどう動くのか。

いつもの通勤時間でふと感じたことでした。

ここでお知らせ!!

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  1. […] 立ち上がる若者、居座る紳士。 | Feelingplace 私の場合は「マイ基準」があって、杖をついている人、1歩ごとに脚を揃えて歩く人、妊婦さん、子供を抱いている人、を見かけたら、とにかく席を譲ることにしています。基準を定めておくと、迷いません。 […]

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